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「もう仕事に行きたくない」女が、連れの男に話しかけた。「俺もかな」男が答える。電車が減速を始め、車内放送が駅名を読み上げる。降りようとする男の袖を掴み、女が語りかける「このまま帰らない遠くへ行こうよ」
紙の切符なんて何年ぶりだろう。まだ僕が高校生だったころ、当時好きだった女の子と電車に乗るために買った片道切符ーー。運賃も行き先も、僕自身さえも変わってしまったが、隣に座る彼女だけはあの頃と同じだ。
ペットボトルのカフェオレを交互に渡しながら飲んでいる。来る途中で買ったのは、シーチキンのおにぎりと缶ビールだ。隣に座る彼に向かってにこやかに笑いかけると彼も晴れやかに微笑み返した。外は青空、いい日だ。
顔を覚えられるのが嫌いだ。吐き気がする。常連が人生で一番嫌いな言葉だ。そんな駄目な中年が小学生ほどの女の子と手を繋いで電車にいる。ああ、好奇の視線がウザったい。いくら死ぬためとはいえ、苦行だ。
「曇ってる」女が窓の外を見ながら言った。男は黙ったまま女の視線を追い、返事にしては遅すぎるほどの間をおいて「降らなかっただけ上出来だろう」と言った。平日の昼下がり、さびれた温泉街へ向かう車内は人もまばらだ。
家族を捨ててでも、高校時代の仲良かった友人を捨ててでも、あの初恋相手の先輩を捨ててでも、この世を捨ててでも、そして命を捨ててでも、一人の人を愛したいと思ったことはありますか？私は今隣に座る彼をそう愛しています。
素晴らしいタグでごわす
駅弁を選ぶのに十分もかかったせいで乗り遅れるところだった。最終列車だ、逃せば次はない。結局なんの変哲もない、外気よりも冷え切ったおにぎりを三つとお茶を買って乗り込んだ。お茶は一本。二本目を買おうとした時、彼が止めた。そうだ。帰りの分はいらない。…
ひとつ、ぽかんと空いたすきまの席に座っていいよと目配せをして、しかし彼女はゆるやかに頭を振った。「さいごくらい人にやさしくしないとね」しかしみえない誰かのための優先席は空白のまま、電車は進む。僕たちはさいごまで、やさしい人にはなれなかったのだ。 #…
「お箸が一本しかない」振り向くと、大量の袋を手にした彼女が憤慨していた。「売店のお菓子、全部２つずつくださいって言ったのに。あたしがこの量をひとりで食べると思ってるわけ？」唇を尖らせる姿はどこか幼い。
男にはひとつ、秘密があった。女にはふたつ、秘密があった。互いにそれを知らぬまま、今日一番の電車に揺られている。男の輪郭は朝焼けに赤く滲み、女の褪せた金髪もまた、今ばかりは美しく輝きを取り戻していた。
近郊電車の走る音が頭の中に響く。終点に近づき車内の乗客は疎らになり、ボックスシートの向かいには彼女が俯いて眠っている。「これから思う存分寝れるんだ、何か話でもしないか。」僕はそう呼びかけ彼女を起こした
ガタンゴトン、ガタンゴトン――。命の繋ぎ目を手繰り寄せる音が静かな車内に響いていた。校則に則った膝丈スカートの女学生、足を崩して眠るスーツのサラリーマン、穏和な顔立ちの老夫婦、そして、手を繋いだ僕達。
とある男女が電車に乗っていた。他の乗客は知る由も無いが、これから心中しに行くところらしい。固く握りあう手は震えていた。突如、車内に不穏な音楽が流れる。振り向くとそこには、何故かダースベイダーが居た。
「さて僕たちはこれから電車で心中なんてロマンチック現実逃避行にしけこもうという出だしなのになんで車に乗ってるのかな」「ここがどこかわかっててそんなこと聞くかね」「徳島……」「だから電車心中ミッションクリアのため最寄りの駅まで車で行くの」…
中身全部をつぎ込んだ空っぽの財布と片道切符、最後に君を連れて、できるだけ人の少ない車両に乗る。地球最期の電車旅行を楽しみ微笑む僕らの行く先を、この世界の誰も知りはしない。
隣の席では、男女が朗らかに笑いあっている。カップルだろうか、時おり漂う甘い沈黙が傍目にもこそばゆい。そのたび口を開きかける男を、女が目線で黙らせる。お似合いのふたりには秘密が必要であることをちゃんと知っているのだ。
なんでこうなったんだっけ。隣にいるやつを一瞥して、窓に視線を戻す。考えても仕方のないことだ。流れる景色はどこまでも白い。どこに向かっているのだろうか。どうせなら、世界の果てにでも繋がっているといい。
ガタンゴトン。電車は重い音を響かせながらゆっくり走る。「私、ずっと電車に乗りたかったの」彼女は僕にとっては何てことのない、外の景色を眺めながら笑った。ガタンゴトン。「そう。じゃあこれを選んで良かった」
最期だからいつも通りが良いと話して、朝ごはんはいつもの和食、改札を通した定期は明日で期限が切れるようにと二人で決めていた。ただ、握った彼女の手が震えていないことだけが、今、どうしようもなく怖い。
ここは女性専用車両、ざわめく車内で男は興奮していた。これから死のうというのに頭の中はおっぱいでいっぱいだった。こんなブスと死ぬくらいなら生きたほうがマシだ。賢者タイムで正気を取り戻した男が女に切り出す
誰もかれもが手の中のスマートフォンを見つめ、忙しく指を動かしている。滑稽だと思うと同時に、この人達はまだ負けていないのだと思う。世界と繋がっている。それだけで、私達とは全く別のモノに思えた。
規則的な揺すぶりが心地好かったのか、寝ているおじさんの結婚指輪を外して窓から投げ捨てた。起きたら怒られちゃうかな。
人生は電車のようなものだ。と誰かが言っていたのを僕は思い出していた。素知らぬ顔で乗り合わすひとたちの中から僕は偶然君を見付けて、そうして同じ場所で降りようと思った。きっとただそれだけのことだったのだ。
車窓からは透き通るような青い空が見える。何処ともしれない田舎の電車には私達以外の乗客など一人もいなかった。揺れる電車に身を任せて二人肩を寄せ合う、このゆるやかな時間が私の最期の思い出になればいいのに。
「ここだけの話、電車の中で酒飲んでる奴ら大っ嫌いだったんですよ。前から」「そうなんですか？」新しい缶を取り出しながら呟くと、彼は苦笑した。「とても様になってますけど」「うん、やってみると格別」…
かたんかたんと、レールの継ぎ目を踏み締めていく。この壊れてしまった世界の終わりを、ぼくは彼女と迎える。それで良いと思った。ただ、繋いだ手のひらから伝わる彼女の熱だけが、世界に残された唯一のものだった。
見知らぬ男と恋人のようなそぶりで寄り添って、始発列車のガラ空きのボックス席に座った。車窓には統一感ない看板が走馬灯のように流れていく。
どうせなんだから、何かいいものを食べようと思っていたのだ。最期の晩餐だとフレンチでも決め込むつもりだった。それなのにふらりと入った定食屋、地元に根ざしたといえば聞こえはいいが暖簾が煤けたぱっとしない店で僕らときたら熱々の味噌汁を啜っている。 #男女心中道…
知らない老夫婦が、電車の座席に揺られている。いいでしょう、これから海へ行くんです。老女は心底幸福気に、左手の薬指を撫でた。良い旅になるといいですね、と私は言って、次の駅で降りた。遺影を抱いたその老女の、喪服姿が忘れられない。 #男女心中道行電車100字書…
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